カウンセリングルームの窓から #188


カウンセリングルームの窓から(188)

「本当の大人」!?

 

『私は”幸せ”になんてなれないんです・・・。
私の周りの人はみんな幸せそうに見えます。
私なんて・・・。』

 

そんな会話を小説やテレビで良く見たり聞いたりしますが、ここに来るクライアントさんにもそんな台詞をいう方が結構いらっしゃいます。

私はこの仕事をして二十数年になりますが、時には思わず笑ってしまいそうな台詞でもあり、深刻な意味のある言葉であることも事実です。

 

それは一人ひとりの人間が、”幸せ”の意味をそれぞれがそれぞれに持っていて、これといった”幸せ”を定義できないからです。

それぞれの”幸せ観”に、その深刻さがあるのです。

 

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カツヨさん(仮名)は32歳で営業事務の仕事をしています。

社会保険も完備している会社であり、労働組合もあって雇用条件も悪くないのですが、カツヨさんは常に不満を抱いて仕事をしているので、日々ストレスに曝されています。

カツヨさんの不満は、直属の上司への不満、その上の部長への不満、そして会社への不満と際限がありません。

当然、会社での人間関係も悪くなり、週末はやけ酒で、日曜日は一日ごろ寝です。

 

そしてそんな彼女は、

『私は悪い星の下に生まれたに違いない。
両親が憎い。』

と真剣に想いこんでいます。

とんでもない八つ当たりで、両親にとってはいい迷惑ですね。

都合の悪いことはすべて他人に擦り付け、そのくせ全てのことを他人任せにしている人生では、幸福になれる筈がありません。

 

上司に対しては、

『先生聞いてください。
今日は計算ミスをして怒られました。
あんなに強く怒らなくてもいいのに・・・。』

と、自分のミスを棚置きして他人の言動ばかり目がいきます。

そして、

『化粧室で私が泣いていても誰も声もかけてくれない』

と、先輩や同僚にも不平をもつのです。

 

カツヨさんとのカウンセリングはこんな調子で、愚痴ばかりのまま、三ヶ月以上にもなってしまいました。

私はまずカウンセリングの基本である、”受容し、共感し、傾聴する”事にしました。

そしてしばらくは全面受容をしてきましたが、三ヶ月というターニングポイントで、”受容カウンセリング”から、”思惟カウンセリング”に切換えるべき時期と判断し、問いかけや自己洞察も加えていったのです。

 

しかしカツヨさんは、

『私の気持ちを先生は理解してくれていない』

言い、閉口しました。

また、感情に対しては”良い・悪い”、”間違い・正しい”は別として、感情を汲み[感情のステージ]で冷静になってもらい[論理的ステージ]へと移行できるはずだったのですが、カツヨさんには通用しませんでした。

さてこの頑固娘をどうやって料理するか!と、心から突き上げてくるカツヨさんに対するジレンマを私自身が感じていました。

その”私のジレンマ”の結論は、やはり”全面受容”です。

 

『課長はあんなに強く怒らなくても・・・。』

「そうだよね、計算ミスくらいでね。」

『そんなとき誰も声を・・・。』

「一人でも声をかけてくると良かったよね。」

 

・・・といった具合です。

このことから私も多くのことを学びました。

よく相手の立場になると言いますが、どっこいなかなかなれないのが人間だということを実感したのです。

私がカツヨさんになりきると、良い悪いは別としてカツヨさんの気持ちが分かり(気付き)、解決策までも湧いてくるのです。

そして”待つ”こと、”見守る”ということの重要性が、言葉や概念を通してではなく、実感として納得できるのです。

 

人にはそれぞれの個性と歴史があります。

それらすべてを受容するということは、私自身の価値観を捨てなければなりません。

捨てなければ”待つ、見守る”ことは不可能なのです。

 

カツヨさんのカウンセリングは、私にとっては私を人間として育て高めてくれました。

人生の大先輩であった精神科のドクターが『患者さんが僕に教えてくれる』とよく言っていました。

この時、その意味がほんの少しだけ分かったような気がしました。

 

『先生、私もう疲れてしまいました。
今の会社辞めようと思います。』

「そうなの。
それも一つの幸せになる方法かもしれないね。」

『・・・幸せってどういうことなのでしょう。』

「カツヨさんはどう思うの?」

 

やっと、確信の待ちに待った”問いかけ”です。

 

誰でも、「幸せってどういうこと?」と問いかけられる、考えられる

それは言葉の、思考の上でのことです。

真面目に生きたいと思っている人間は、無意識にでも”幸せ”を生活で、日常で、具現化したいのです。

 

 

「今日、計算ミスはどうでした?」

『はい、ありませんでした』

「それは良かったですね。」

『えぇ。課長も穏やかな顔でした。』

 

そんな小さな”幸せ”を、カツヨさんは、カウンセリングを通して実感しつつあります。

 

『・・・幸せってどういうことなのでしょう。』

 

この、カツヨさんの自分自身に対する問いかけをきっかけに、

・朝の挨拶
・計算業務の見直し
・1日の職務予定
・上司や同僚への気配り

等々、その行動は見違えるほどに変わりました。

 

そして何よりも、”幸せ”は”自分だけのものではない”ことが分かったそうです。

先ず自分が幸せであること、家族が幸せであること、友人が、会社の上司・同僚が、日々であった人々が・・・。

そのためには自分から働きかけることにあると納得できたというのです。

 

「職場の人間関係はいかがですか?」

『嫌な方もいるし、私を嫌っている方もいます。
ただ、ここでカウンセリングを受けてから、そんな方たちに心を縛られ支配されたくないと考えました。
ですから挨拶や仕事で自分の感情を出さないようにしています。
時々落ち込むこともありますが、落ち込むままにやるべきことはやっています。
先生の云うとおり感情と行動を別にするようになって何とかやっています。
それでも煩わしくなるときは赤提灯で”オヤジ呑み”するんです!』

 

職場の人間関係も家族も友人も、スッキリできる関係は何一つないのです。

いつだって人はイジイジして、グズグズして、イライラしているのです。

それを知り、その事実を受け入れれば、”オヤジ呑み”ができるのです。

 

大切なことは、人間関係で職場でも、常に人は問題を抱えていること、抱えながら生きている、ということを知ることです。

その対応として”感情と行動”は別物であると認識することです。

”イヤイヤ行動”することの大切さを身につけることです。

それが本当の”大人”なのではないか、と私は思います。

 

 

 

次回もカウンセリングルームの窓から(189)です。